さまざまなフィールドの第一線で活躍するプロフェッショナルとともに言葉の可能性を見つけていく、広辞苑大学。今回、言葉の世界の水先案内人を勤めてくれるのは、放送作家の高須光聖氏だ。
「講師の高須光聖先生です!」とアナウンスで紹介され、照れながら登場した高須さん。開口一番に「メモとってもらっても、いいですけど、そんな大したこと言わないですからリラックスして聞いていただければなと思います」と話した。
「いつもよりも(オーディエンスとの)距離が近い」と、高須さん自身も初めはやや緊張ぎみだったが、そこは放送作家、人を惹き付けるのは得意中の得意だ。高須さんが「光聖」という名前の由来を話し始めると、聴衆はあっという間に話に引き込まれた。
自分の子どもに名前をつける
高須さんのお誕生日は12月24日。クリスマスイブだったことから、父と祖父が息子のために考えたのは、聖なる光で「聖光(よしみつ)」。ところが、どこでどう間違ったのか「光聖(みつよし)」と戸籍登録され、光聖となった。「役所が間違ったのだ」と父は言っているそうだが、真偽は分からない。どちらにしても良い名前だ。
そんな「光聖」さんが今度は娘のために名前を考えた。
自分みつよし、父まさゆき、母みちこに弟まさと、妻はみのりで一家みんながイニシャルMT。娘もMから始まる名前にしようと決めた。
もうひとつ入れたかったのが「空」という漢字。朝起きて晴れ渡った空を見るとそれだけで一日気持ちがいい。空はどこかに線が引いてあるわけでもないし、どこまででも行けて際限がないのもいい。
「空」の入ったM始まりの名前にしようと、頭をひねった。こうなると、ずいぶん条件が狭まるが、俗にいうキラキラネームは避けたい。そんなことでつけた名前が「美空(みく)」だ。
子どもが学校で名前の由来を聞かれた時に、何か良いことが言えたらいいなと後から考えたエピソードは、みくで三と九。サンキュー。ありがとうの感謝の意味も込めた。
「空」に空っぽという意味があるのが気になったが、「『色即是空』の『空』、本質という意味もあるからいいんじゃないか」という父からのナイスフォローが入り、愛娘に最高の名前をプレゼントできた。
放送作家はどのようにして番組名をつけるのか
名付けに思いがこもるのは、子どもの名前だけではない。テレビの台本を書く、放送作家にとっては、番組タイトルをつけるのも大事な仕事だ。
番組の顔となるわけだから、企画を担当した放送作家、プロデューサーはもちろん、テレビの編成局もタイトルに対しては一家言ある。議論を重ね、できあがった番組名には、番組の趣旨や演者への思い、番組としての決意などが込められていて、その由来を知ると面白い。
高須さんによると、番組名にはいくつかのパターンがあるそうだ。分かりやすいところでいうとコレ。
-テンションあげる系
今夜は最高!
ウンナンの気分は上々。
加トちゃんケンちゃんごきげんテレビ
天才たけしの元気が出るテレビ
ダウンタウンのごっつええ感じ
めちゃ×2イケてるッ!
やはり、テレビ番組。タイトルでも、テンションがあがるということは大事だ。番組名は、毎回文字としても目にするから、パッと見て目に焼き付くような文字の並びも気にする。めちゃいけの最後のちいさな「ッ」なんかは、まさにテンションがあがるための仕掛けだ。
-しゃべりことば系
とんねるずのみなさんのおかげです
ダウンダウンのガキの使いやあらへんで!
ウッチャンナンチャンの誰かがやらねば!
志村けんのだいじょうぶだぁ
コント55号のなんでそうなるの
1980年代から90年代にフジテレビで多かったのが、しゃべり言葉系。番組のイメージづくりに役立ち、一時ブームになったパターンだ。「ガキの使いやあらへんで!」は、ダウンタウンの東京進出にかける気概が、関西弁のしゃべり言葉に感じられる。
-なにそれ系
カノッサの屈辱
ウゴウゴルーガ
トリビアの泉
はねるのトびら
ピカルの定理
エチカの鏡
これもすべてフジテレビの番組。タイトルを見ただけででは何だか分からないが、見た人に「ん?」と引っ掛かりを持たせる番組名だ。名前の由来をひも解いてみると、それぞれに言われがあり、歴史上の事件や観光名所、英単語、将棋の成り歩、スピノザの著書など、耳慣れないだけで、ちゃんとした意味のある言葉から来ていた。
-シンプルイズベスト系
いろもん
サルヂエ
リンカーン
フットンダ
ブラタモリ ヨルタモリ
ほこ×たて
うたばん
アイチテル!
一転して分かりやすくなったのが、これらのタイトルだ。一度、番組を見れば、タイトルの意味が腑に落ちる。「リンカーン」なら、「芸人の芸人による芸人のための番組」というコンセプト、「いろもん」なら色物の芸人さん、「アイチテル!」なら外国人女性が登場し、恋愛話をするというもの。番組の特徴をとらえた名付けだ。
-そのまんま系
ウッチャンナンチャンの炎のチャレンジャーこれができたら100万円
さんま・玉緒のお年玉!あんたの夢をかなえたろかスペシャル
人志松本のすべらない話
ナニコレ珍百景
今夜くらべてみました
YOUは何しに日本へ?
しくじり先生 俺みたいになるな!!
この差って何ですか?
あいつ今何してる?
アメリカ横断ウルトラクイズ
世界まるごとHOWマッチ
好きか嫌いか言う時間
タイトルを見るだけで、誰が出てきて何をやるのかが分かるのがコレ。シンプルイズベスト系よりも、さらに分かりやすい。だが、工夫がないわけではなく、これらを眺めてみると、漢字、カタカナ、ひらがなのバランスもよく考えられていることが分かる。高須さんのお気に入りは、「YOUは何しに日本へ?」と「世界まるごとHOWマッチ」。この2つは英語も上手に使っている。
番組の企画のコツは共通点を考えること
ここで、ちょっと気分を変えて、番組の企画の考えかたについて。面白いテレビ番組をたくさん生み出してきた放送作家はどんなふうにして番組の企画を書いているのだろう?
たとえば、こんな場合。出演者が決まっている。このメンバーで企画をつくるとしたら?
浜田雅功・哀川翔・渡辺徹・堺正章・薬丸裕英
とっても豪華なメンバーだが、逆に企画を立てづらく、何かストーリーがないと方向性が決まらない。全員主役級なので、全員をMCに?とも考えるが、そうすると、哀川さんが外れてしまう。
そこで、この人たちに共通する点はないかと考える。ずーっと探してみると、見つかった。
同じ学校に子どもを通わせるパパ友だったのだ。すると一気に面白そうに思えるし、一泊旅行して子供の話でもしてもらったら?と、俄然、いきいきしたイメージが広がりだす。
では、こちらのメンバーはどうだろう?
どんな共通点があるか。
志村けん・内村光良・三村マサカズ・岡村隆史・日村勇紀・田村淳
縦にメンバー名を書き連ねると、気付くかもしれない。
全員、苗字に「村」が入っているという共通点がある。それだけの共通点だが、「6人の村人!全員集合」というタイトルのこの企画はメンバーありきだから、話を持っていくと誰もが断りづらい。結果、6人ともオファーを快諾。売れっ子たちのスケジュールも押さえ、無事に企画は実現した。ただ、裏番組と重ならないようにするのが難しく、放映までに時間がかかったが、奇跡的に都合のいい時間帯がでてきて、流すこともできた。ラテ欄(新聞のテレビ欄)では出演者名を同じフォーマットで並べて「村」が目立つような文字並びを意識、その他の情報もあえて絞り込んで、関心を引き寄せた。
企画のポイントは最初の設定
高須さんは企画をつくる時に、「最初の設定を考えることはとても大事だ」という。
たとえば、スターウォーズはSFのイメージがあるが、実は昔話。最初に「a long time ago, in a galaxy far, far away」という字幕が流れる。つまり、スターウォーズはファンタジーなのだ。だから、動物やアナログな恐竜みたいなものとハイテクノロジーのものとが一緒にでてきても、どの惑星に行っても地球と同じ重力で描かれていても、違和感なく見られる。なぜなら、そういう設定だから。
最初の「昔々…」というひと言がなければ、本当に●年後にこんな技術があるのかどうか、とか、地球を出る度に無重力になるシーンが必要だとか、リアル感を持たせるために色々とつくり込まないといけない。
それが、最初のひと言があることによって、ただのSF映画ではなく、SFファンタジー映画となり、あれだけのイメージの広がりを自然に見せることができている。
どんなふうに初期設定を考えるか、というのは、実はその後、どれだけ自由にイメージを膨らませていけるかの差がつく、重要なステップなのだ。
マイナスに思えることも笑いに転化できるのが言葉
言葉がイメージを変えるという話をもう少し続けよう。
たとえば、あるテレビ番組で、露出度が異常に高い服装で登場した出演者がいた。すごくスケスケなので、皆それが気になっている。ついチラ見してしまったりして、集中できない。
それで、フットボールアワーの後藤くんはその人に真っ先に「四捨五入したらほぼ裸ですよ」と突っ込んだ。
こんなふうに一度、笑いにすると、みんなの頭のなかを占拠していたもやもやが処理される。そうなればもう、そんな格好をしていても全く気にならなくなって、後の収録がとてもしやすくなる。司会者として「さすが」としか言いようがない。
「スケスケの衣装の人はこう見ればいいですよ」と笑いにしたことで場が落ち着き、出演者もお客も内容に集中できる。
ロケをしていても、そんなことは間々ある。
街頭でインタビューをしていて、マイクを向けたら、そのおじさんの前歯がほとんど無い。それがすごく気になる。気になって気になって、話を聞いていてもそれしか頭に入らない。でも、下手なことを言って、その人傷つけたくもない。
これもまた後藤くんが「おとうさん、終わりかけのドンジャラみたいな歯してますね。」とひと言突っ込むと、ご本人もその友人も一瞬で大爆笑。笑いとして処理されることで、本題に集中できる。
ひと言、言葉があるとないとで、受け取りかたが大きく変わってくるのだ。
言葉がイメージを変える力はすごいもので、それを感じさせるのが、芸人大喜利王決定戦「IPPONグランプリ」で出てくる、「写真でひと言」。ちょっと変わった表情や仕草をしている人や動物の写真を見て、それにさらにひと言付け加えるお題だ。
高須さんはいくつか紹介してくれた例を挙げながら、「これがなぜ面白いのかを考えてみてほしい」と問う。
写真につけた言葉を眺めてみると、笑いがおこるところには、ひとつの共通点があるという。
ネガティブなものの周りには面白いことが潜んでいる。
そういうマイナスの部分は誰もが隠したくなる部分だから、どうしても緊張感が生まれる。そこに上手に言葉をつけてあげることで緊張感が一気にほどけ、笑いに変わる。
笑いを生むために大事な3つの要素
その場にいる皆が笑う時、場は笑いで支配されている。
何か面白いことを言って笑いをとった人は、その瞬間、支配者の快感を味わっている。逆に、笑ってしまった人は面白いことを言った人に一瞬で心を奪われ、笑いによって支配されている。
笑いは最も平和的に、しかも瞬時に人を支配できる武器なのだ。
「芸人さんは、本当はとても繊細な人が多い。そんな人たちが自分のコンプレックスをさらけ出してまで、笑いをとろうとするのは、そうして皆が笑ってくれた瞬間の幸福感を知っているからなんです」という。
高須さんによると、笑いをつくるためには、3つの要素が必要だという。
ひとつは感性。
写真でひと言でも、同じ写真をみてどう思うか、色々な感性があった。ものをどう見るか?そのひらめきが必要だ。
ひとつは勇気。
先程も言いましたが、ネガティブなものの周辺には、笑いの種が転がっていることが多い。普通、コンプレックスは誰にも知られないように隠しておきたいこと。ネガティブなことも皆が触れないようにしていることなら、あえて口に出すのは勇気が要る。でも、そこに勇気をもって踏み込むから、笑いが生まれる。
そして、最後に言葉。
それを言葉として伝えるから、笑いになる。
同じようなことを言っても、言葉のチョイスひとつで全然、面白くないものになってしまう。
この3つがあれば、笑いはつくれる。ネガティブなことを意識して、緊張していた皆の心を、一瞬にして笑いに変えることができる。
繰り返しになるが、笑いは皆の心を最も平和的に、しかも瞬時に支配することができるのだ。
芸人さんはイヤなことがあっても、いつかそれが笑いとして回収できるということをちゃんと知っている。言い換えれば、辛いことは面白いことの始まりでもある。「辛い」=「ラッキー」、芸人用語でいうならば「おいしい」と変換できる。高須さんも、芸人さんではないが、辛いこともいつか絶対に笑いで回収できると思っているからがんばれるんだそうだ。「ネガティブな昔話ほど、面白い。いつかしゃべれる話を持てたと思えば、なにも辛くない。」と高須さんは言う。
言葉は笑いに満ちた平和的解決のための武器
名前のついていないものや言葉にならない感情というのは、頭のなかでもなかなか処理ができなくて気持ちの悪いものだ。そういったものにも名前をつけることで、何か整理がつくということもあるし、名前を呼ぶことで親しみがわくこともある。
名前でなくとも、なにか言葉をつけることで、ものごとの捉えかたはどんどん変わっていく。IPPONグランプリの「写真でひと言」がまさにその良い例だ。できれば直視せずに蓋をしておきたいようなことも、発想を変えれば、未来の笑いのタネになる。
モヤモヤしたイメージに言葉をあてるということは、実は私たち人間にとって、すごく大事な作業なのかもしれない。
最後に「言葉について、ひと言」と問われた高須さんは、「人を笑わせる武器ですよね。笑いを生む道具として自分は使っているんで」と答えた。
もし、笑いが平和的な武器ならば、一人ひとりが言葉の弾数を増やし、勇気を持ってそれをぶっ放して、笑いに満ちた幸せな世界をつくっていきたいものだ。
Text:本多小百合 / Photo:鈴木渉